つい先日の話ですが
2040に至るまでの
長期的な計画を立てる機会がありました。
2040年ごろに
大きな成果が出るような
長期的な目線で物事を俯瞰してみたのです
「この計画が上手くいけば
成功者になれるのでは」
そんな期待が頭によぎったのですが
自分はその時48歳になっている
と言うことに気付きました。
“何を当たり前のことを(笑)”
と思われるかもしれないですが、
この事実はとても大事なことを示していると思います。
それは、
人が一生の内に成し遂げられることは
数えるくらいしかないのだ
と言うことです。
人生は長いようで短い
自分自身が大人になり
健康体でいられる時間が
20歳から70歳だとした時
せいぜい50年くらいしか
社会人としての時間は過ごさない
そう考えることができます。
凄く長く感じます。
しかし、
神の視点から見れば
“たかが50年”と言う感覚になります。
例えば
東京五輪は
2013年に開催決定してから
7年+1年かけて実施に至りました。
誘致に関わる準備から含めたら
10年前後の長期プロジェクトです。
人が消費した10年という時間は
とてつもなく長いですが、
人類史、日本史の年表に重ねて見ると
東京五輪というイベントは
些細な点の出来事にしかなりません。
ここから言えることは
“何々を作った人”
という肩書を得るためには
大体、それくらいのライフスパンが必要だというこです
10年前後の年月をかけて
やっと一つ生み出せるようなものなので、
生涯かけても数えるくらいの成果しか残せない
と言うことを示していると思います。
これは社会人になったからこそ
感じる感覚だと思います。
社会人と言うのは
社会を動かす人のことです
会社は社会に対して
価値を提供する団体ですから、
社会人になった時点から
社会が進歩していく
その大きな時の流れに身を任せる必要があります。
ですから、
人が感じる時間間隔ではなく
歴史を紡ぐものとしての
時間間隔が必要になるのです。
最後に
学生の内は
社会云々ではなく
自分の人生をまっすぐ生きて居たので
時間軸の中心には自分の人生がありました。
だからこそ、
数か月や数年と言った時間のスケールが
自分にとって大事な時間単位だったのです。
社会人になると
時間が過ぎる速さが
学生だった頃の比に成りません
そう感じるのは私だけでしょうか
おそらく、
社会人に成られた方はそう感じるのではないでしょうか。
その理由は
あなたが社会的な存在になったからなのです。
自分個人と向き合うときは
数か月単位の短期的な目線が必要不可欠です。
一方で、
長期的に、
プロジェクトを成熟させることや
子供を育て上げることなど
長い時間が必要な課題に取り組むときは
今日明日で何とかしよう
という短期的な視点は逆に命取りになると思います。
3年後に100万円必要だ
と言うことを
今週中に100万円必要だ
と捉えてしまうと
大変な事態になりそうだな
というのは想像し易いのではないでしょうか。
俯瞰的に自分の人生を見ると
自分が成し遂げるべきことは
シンプルである場合が多いです。
だからこそ、
焦らずに確実に
それを刈り取れるように歩みを進める必要があるのです。
毎日何かに追われ焦るように生きる必要はないです。
得体のしれない焦燥感に駆られている人は
一旦冷静になり、
長い目で人生を俯瞰してみてほしいです。
そして、
“いつまでに何をやりたいのか”
それを本音で書き出してみてほしいです。
自分がいつ何者になるのか
それを冷静に思い浮かべてみると
別の世界が広がると思います。
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