いつまでもできると信じて
同じ努力を
繰り返し続けるというのは
もはや地獄
それよりも、
早く今のままでは
ダメだということに
気づくことが大事です
何も
前進しなかったと思うような
雰囲気の悪い練習や
全てが無駄になって
しまうような失敗など
そう言ったものには
多くの気づきが詰まっています。
ネガティブにとらえがちですが
その理由に向き合うことで
次は必ず一歩前進できます。
一方で、
それを経験せずに
なぜかうまくいってしまったりすると
いつか、痛い目に
あってしまうことに
なりかねません。
うまくいっていることだけが
正しいとは限らないのです
過信は泥沼の始まり
昔は出来たから今もできる
一回出来たからきっとできる
イメージはできるからきっとできる
どんなことでも想像の
範疇なら傑作で無敵なわけです
それを、
一度実践してみることで初めて
それがどれくらいの難易度なのか
成功する確率がどのくらいなのか
そういったものが見えてきます
そこを経由せずに
できそうだと過信したままにしておくと
いざという時に
痛い目に合う訳です
基礎が不安定
できるかできないかが
不明確なもの
もしくは、
できるはできるけど
再現性よくできるかは
定かでないもの
そういったものを
100%できると仮定して
ものを進めていくわけです。
そうなると
大事なタイミングで
重大なミスが発覚してもおかしくないです。
本質を見逃す
一番改善しなければいけない
ポイントがそこにあるのに
それを後回しにしてしまい
次の課題を
進めてしまいます
そうすると、
もちろん、
別の問題に直面します
見逃してしまった問題を
再度振り返って
見つけることは至難の技です。
ですから
これも、
いつか遠くない未来
大事なタイミングで
重大なミスをしうる
危険性をはらんでいます。
気づきは成長の始まり
絶望するほど上手くいかなかったり
準備してきたものが無駄だったり
とにかく、
全部投げ出したくなるような
辛い経験があります
それらはすべて
経験できてよかったことだと言えます。
単純に考えて
今回躓くべくしてつまずいた
指摘されるべきして指摘された
ミスするべくミスした内容を
気づかずにそのまま
先に進んでいたと思うとぞっとします
打つだけ打った施策が
全部空振りに終わることだって有ります
その時は、
それだけ試した分の
選択肢をボツとして消せるわけです
何をするにしても
失敗ほど明確で
間違いのない情報は
他にありません
とにかくトライしてエラーに気づく
この流れが非常に重要になります。
最後に
うまくできたか
できないのか
そんなことに一気一憂するのは
やめにしたいです。
ここまではできて
ここからはできないという
境界線を明確にすること。
それを意識していきたいです。
そのためにも、
まずは挑戦すること
場数を踏むことを
意識したいところです。
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