今日は僕が感じる闇について書きます。
結論は、
中間管理職って本当に大変だな
ということです。
中間管理職って
よっぽどしっかりした組織じゃないと
存在しないという印象です。
なぜなら、
小さい組織であれば
上と下しかないからです。
一番上が威張り散らしたところで、
下がついてこなければ終わりですから
上は死に物狂いで引っ張っていく
リーダー的な存在にならなくてはいけません
一方で、
組織がもう一段階大きくなり、
ボスと呼ばれるような存在が生まれるようになれば
話は変わってきます。
一番上と一番下の間に
分厚い中間層ができるのです。
この層のおかげで、
一番上は一番下の面倒を見る必要はなくなります。
すべては中間層以下に任せればよいからです。
その分一番上からの言葉は
一番下まで届かなくなります。
その代わりに、
中間層が一番上の声を
強めに聞く必要が出てくるのです
こうして、
板挟みにあう中間層ができあがります。
僕が何よりかわいそうに思うのは、
上が「黒だ!」
といったから「黒で行きましょう!」
と方針を立てたにもかかわらず、
挑戦して失敗した時
責任を被るのは上ではなく
中間層の方々だということです。
正直なところ
こういう経緯で失敗した場合、
下がどれだけ頑張っても
上手くいくことはありません。
なぜなら、
初めから行き先が違うからです。
だから、
僕としては
「そもそも方針が悪いでしょ」と
文句を言いたくなります。
ここで僕を悩ませるのは、
この一言が他責なのか?
ということです。
繰り返しになりますが、
「最初から方針が違うから、
失敗してしかるべきだろ。」
これが僕の言い分です
ですが、
この考え方に則ると
「失敗したのは
そもそもこれが悪いからではないか。
だから自分は悪くない」
という責任転嫁にも取れてしまいます。
他責にしているうちは成長しないので、
他責だと認識されるのならば
気を付けなくてはいけないなと思います。
でも、
これって、
ボスが部下に責任を押し付けている
ということになりませんか?
人のせいにしずに
自分事として捉えなさい!
この一言って
相手を捻じ伏せられますが、
本当にそれって
正しい議論なのでしょうか。
大きな組織であればあるほど
民主主義は難しく、
代表の声を信じるしかないです。
それは仕方ないのですが、
議論されつくした上で
そうあるべきだと思うのです。
当事者意識という言葉で
意識統一された組織であれば
大局が見えなくなる危険性があります。
そういう意味で、
「他責ではないのか。」
「本当に自分が悪いのか。」
という観点で物事を見ることも重要だと言えます。
中間管理職が
上の方針ミスも含めて
自分のせいだと顧みる文化は
結果として、
チームとしての歩みを止めていると
言えなくもないのです。
言うときはちゃんと言う。
この方針を大事にしていきたいものです。
コメント