今の行動が正解だったかどうかは
正解は未来の誰かが決めてくれます
言い換えれば
過去の行動の良し悪しは
今現在の自分が決めれば良いのです
過去との向き合い方
過去の事実は変えられない
就活などの面接で
自分の過去を曝け出して話すとき
当時の自分の気持ちを考慮して
話を進めるようなことはしません
過去の自分がどんなに苦労していても
それは”教訓”という一言で片付けられ
今につながる経験の一部にされてしまいます。
この世から消えてしまいたいと思った瞬間も
無機質に”経験1”として整理されていきます。
またそれだけならいいですが
誰かの経験に自分が属すとき
“汚点”、”トラウマ”それから”失敗経験”など
もっとナイーブ括られ方をする場合だってあります。
過ぎ去っていった出来事は
変えられない事実ですから
どのように解釈されても否定できません
当時の自分が
どれだけ人に迷惑をかけていたか
今更分かったところでどうしようもないのです
過去の事実は捉え方次第
例えば
1年後振り返ったときは
二度とやりたくない思い出だったが
3年後に振り返ると
そのおかげで大きな成功を手に入れている可能性もあります
一方で、
自分にとっては大きな成功体験だったとしても
その裏で、誰かにとっては
大きな挫折を伴う経験になっているかもしれません
10年後に振り返ると
確かにピークの伸びは凄かったが
一過性に過ぎず、
トータルとしては微妙だった
と肩を落とすかもしれません
その一方で、
自分にとってはトラウマ的な体験だったとしても
誰かにとっての教訓となり、
組織にプラスをもたらしているかもしれません
20年後に振り返ると
この案件をとして得た繋がりのおかげで
様々な形式が見れていたことに気づくかもしれません。
以上を踏まえると、
過去にこだわりすぎてもよくないことが
見えてきます
今を生きる自分にとって
過去のすべての出来事は自由に解釈可能だからです
今、
“こうやって生きたい”
そう思っている物事があるならば
自分を正当化するために
都合良く解釈すれば良いと言えます。
もしあなたが
今なお過去に柵を抱えているのであれば
都合よく解釈できるように今を生きるべきなのです
最後に
繰り返しになりますが、
過去は客観的な事実として残り続けます。
多くの人が1つの出来事を
自分の尺度で捉えて好きなように表現をします
だったら自分のことは
自分の都合で解釈すればいいのです
過去に囚われすぎずに
今を見ていられるように
生きていきたいです。
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