サラリーマンから欠如しがちな働く意識について

自分を生きる

人は大きな痛みを伴って
始めて大きな学びを得ます

痛みを伴うためには
大きな失敗が必要です

大きな失敗をするためには
真剣に本気で取り組む覚悟を持って
大きなプレッシャーののしかかる
責任ある役割に
果敢に挑む必要があります

人が経験する多くの失敗は
責任が小さかったり
失敗しても痛みが伴わなかったりと
教訓になるには小さい挫折である場合がほとんどです

あるいは
人のせいにする余地を残し
“自分が”という覚悟をもっていないこともあり
当事者意識が欠如している場合も多くあります

裏を返せば
どんなことも自分事で捉える覚悟と
大きな責任感を背負えるチャンスがあって
始めて経験できることだとも言えます

前の職場の開発業務では
この様な責任感は正直感じられませんでした

なぜなら、
ホワイト企業であるが故に
上司がきつい言葉を投げかけてくることはなく
失敗しても致命傷になるような
責任が伴うわけでもなかったからです

加えてやりがいも想いもたいしてなく
残業時間も制限され
やり切り感を奪われた環境でもあったので
成果に対してお金をもらうというよりは
一定時間で、できる限り貢献する
というモチベーションでした

一方今の職場では
毎週顧客の前に立ち
高額な支払いに応えるべく
成果を本気で用意する必要があります

失敗はいわば契約違反であり
許されるものではない
という責任が伴います

さらに給与体系は
見込み残業で
裁量労働制になっているので
とにかく成果を出せ
というプレッシャーも感じます

働くということは
こういうことなのか

ということを
始めてかみしめています

パン屋がおいしいパンを売るように
ゴミ収集車がゴミを余すことなく回収するように
俗人化しがちなサラリーマンの成果も
そうあるべきなのです

自分が何のプロとして
どんな成果を残そうとしているのか
言語化しながら
改めて仕事に向き合っていきたいと思います

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